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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)9542号 判決

原告

高平峻

右訴訟代理人

碓井忠平

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

東松文雄

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九六六万七、九八〇円及び内金八二一万五、九八〇円につき昭和五六年四月二九日から、内金一四五万二、〇〇〇円につき本判決確定の日の翌日から、それぞれ支払済みに至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和三七年二月二〇日、訴外神山茂子(以下訴外神山という)外四名から、同人らが共有する東京都世田谷区赤堤四丁目四〇一番一、宅地33.12平方メートル(一〇坪〇二)(以下「本件土地」という)を譲り受け、その所有権を取得するに至つた。

2(一)  本件土地は、土地区画整理施行地区に指定されていた訴外神山ら所有の同所四〇一番一、宅地九七二坪九九(以下「本件分筆前の土地」という)に含まれていたが、本件分筆前の土地が昭和二九年二月三日から昭和三二年一〇月一二日までの間別紙「分筆の経過表」のとおり前後一二回にわたり漸次分割譲渡され、それによる分筆の登記がなされ、その結果残つた元番の土地であり、公図上の区画表示は、昭和三二年一〇月一二日になされ、その区画表示は、東京法務局世田谷出張所(以下「本件出張所」という)備付の公図の写しである別紙公図写(その一)のとおりであり、それによると、本件土地は、同所四〇一番五と四〇一番六の土地の間に存在するように記載されている。

(二)  しかるに、右公図上四〇一番一の表示がある土地の区画及び境界線を実地と比較してみると、四〇一番五と四〇一番六の土地は隣接していて、その間に本件土地が存在している事実はなく、公図上四〇一番一の表示のある土地の区画全部が、四〇一番五(訴外〓畑フジエ所有、125.71平方メートル)の土地の上に重なつて存在している。

(三)  右により、公図上に登載されている四〇一番一の表示がある土地の公図上の位置、区画の表示は全く架空のものであり、右土地の面積は、現実には、実面積ゼロという虚無の土地ということになつてしまい、真正な本件土地には誤つた地番が記載されていることとなる。

(四)  従つて、本件土地の位置、区画は、公図上には全然登載されていないと言うことができ、原告は、自己が所有する本件土地の位置、区画を現実に特定することができない現状にあり、右土地を自由に使用、収益、処分する途がなく、自己の土地所有権を行使することが不可能となつた。

3(イ)  本件土地について、公図上の区画表示は昭和三二年一〇月一二日になされたが、当時は、土地台帳法および同法施行細則(その第二条に公図に関する規定がある)が施行中であり、その後、昭和三五年の不動産登記法の改正後においても、同法一七条に定める地図の整備が完了していない登記所管内の土地については、引き続きいわゆる公図が各筆の土地の位置、区画、面積等の概略を明らかにするための公的資料として、現実の不動産取引においても、また分筆等の登記手続においても、一応の権威ある資料として、重要な機能を営んでいるのである。

(ロ)  ところで、本件分筆前の土地について、分筆登記申告をする場合に、土地台帳法施行細則一二条二項に基づき、申告書に添付する分筆地の測量図は、右土地が、土地区画整理施行地区内に在るものであるから、官庁の指導監督の下で作成された正確な図面であつたと考えられるから、公図上の四〇一番一の表示のある土地については、その公図上の位置、区画、面積と実地のそれとの間に著しい相違が生じたのは、公権力の行使に当る公務員である本件出張所の以下のとおりの過失に基づくものと言える。

(ハ)(一)  分筆登記に伴う公図の作成については、不動産登記法施行細則四七条及び土地台帳法一〇条、二九条、四二条により、登記官は、その必要度に応じて土地の検査、関係者に対する質問、文書図面等の資料の調査、測量等の実質的調査義務を課せられているところ、本件出張所登記官は、右義務を怠り、本件分筆前の土地から分筆された各土地(以下「本件各土地」という)の所在、地積の実体につき実質的調査を行わなかつた。

(二)  本件出張所登記官は、本件分筆前の土地から四〇一番三ないし一七を分筆する手続を行つた際、分筆申告書添付図面の分筆線と異なる不正確な分筆線を誤つて記入した。

(三)  土地台帳法施行細則二条、三条、現行不動産登記法一八条、二〇条の規定の趣旨に照らし、登記官には公図の永久の正確性を保持すべき義務が課せられているところ、本件出張所の登記官は、土地台帳法四条及び現行不動産登記法七九条により土地一筆ごとに地番を附することを要するのに、別紙公図写(その一)の四〇一番一七の表示のある土地の西側に隣接した南北に細長い土地(以下X地という)に地番を附さず、また、原告が昭和五一年三月三日に本件出張所備付けの公図を閲覧した時は、別紙公図写(その一)のとおり四〇一番一三の地番表示がなされていたのに、同年一〇月二一日に再び公図を閲覧したときには、従前の「四〇一番一三」の記入は朱線で抹消され、X地上に移記されたうえただ「一三」とのみ記入され(別紙公図写その二参照)、従前「四〇一番一三」の記載があつた土地には地番が附されないままになつていたものであり、このことは、右登記官が、法定の手続によらず右地番の抹消移記をして公図改廃を行うという違法行為をなし、更に、仮に右公図改廃が外部の者になされたものとすれば、その場合には、右登記官は、不動産登記法施行細則三七条に定める公図の閲覧監視義務に反し、もつて右公図の正確性保持義務を怠つた。

(四)  本件登記所備付けの公図(別紙公図写(その一)、同(その二)を参照)の各標題部には、いずれも「赤堤四丁目」と記入されているが、昭和四〇年三月三一日以前の住居表示は「赤堤町」であり、また一・二丁目だけで四丁目はなかつたから、右各公図はいずれも昭和四〇年四月一日以降に改製された図面と認められるところ、本件出張所には昭和四〇年三月三一日以前に作成された公図は保存されておらず、右登記官は、土地台帳法施行細則三条、現行不動産登記法二〇条に規定する公図永久保存義務を怠つた。

(五)  一般に、登記官は、公図の誤記を発見修正すべき義務を負つているところ、四〇一番一三の土地の位置、区画の修正が、昭和三九年中に、四〇一番一二の所有者と四〇一番五の所有者において、それぞれの土地から公道に出る通路として使用するため四〇一番一三の土地を持分二分の一ずつで購入し、それまで四〇一番一三の土地が公図上は四〇一番一二と四〇一番九の間に在ると表示されていたものを四〇一番一二及び四〇一番五に接続するように公図上の表示の修正の申告をなしたことに基づいて行われたとすると、右申告には、右通路の一方の口が四〇一番五に接続しておらず四〇一番一の土地に接続しているという矛盾不合理が存在しており、そのような矛盾不合理を包蔵する公図の修正申告を受けた登記官としては、申告者らに対して、何故に右通路を四〇一番五に接続させずに四〇一番一に接続させるのか質問し、または実地検査をなし、公図上の誤記を発見すべきであつたものであり、そのうえで、四〇一番一の区画は公図記載の位置になく、公図上四〇一番一と表示されている区画は、真実は四〇一番五の区画の一部であると公図の修正をなし、その旨原告に通知しておくべきであつたのに、右登記官は、右矛盾不合理のある右修正申告をそのまま受理し、公図上の誤記の発見、修正に至らず、公図の誤記の発見修正義務を怠つた。

4  原告は、右登記官の右過失によつて、本件土地の所在を特定することができなくなり、その換価が不能となつたため、以下のとおりの損害を蒙つた。

(一) 本件土地の時価相当の損害金

金八一一万四四〇〇万円

昭和五六年四月一日付の官報により公示された東京都世田谷区赤堤一丁目二八〇番五の標準地の一平方メートル当りの価格は金二四万五〇〇〇円であるので、本件土地の公薄地積33.12平方メートルの時価相当額は金八一一万四四〇〇円となるので、その金額。

(二) 固定資産税等相当額の損害金

金一〇万一五八〇円

原告が、本件土地につき昭和四七年から昭和五五年までに納付した固定資産税、都市計画税の合計額は金一〇万一五八〇円であるので、その金額。

(三) 弁護士費用 金一四五万二〇〇〇円

本訴の提起、追行のためには、弁護士の判断を求め、かつ訴訟委任をするのでなければ到底権利の実現を期し得ないので、原告は、本件事件の訴訟代理人である弁護士碓井忠平に右判断を求めかつ訴訟手続の一切を委任したものであり、その報酬は、第一東京弁護士会の報酬規則一八条及び9項の早見表により手数料及び謝金の合計額金一四五万二〇〇〇円となる。

5  よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害金合計金九六六万七九八〇円及び内金八二一万五九八〇円につき本件訴変更申立書送達の日の翌日である昭和五六年四月二九日から、内金一四五万二〇〇〇円につき本判決確定の日の翌日から、それぞれ支払い済みに至るまで、いずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因事実に対する認否〈以下、事実省略〉

理由

一〈証拠〉によると、原告は、昭和三七年二月二〇日、訴外神山とその子供達の共有にかかる本件土地について、当時訴外神山らが原告に対して負つていた金銭債務の支払いに代えてその土地を譲り受け、本件土地の所有権を取得するに至つた事実を認めることができる。

二本件土地は、訴外神山ら所有にかかる、本件分筆前の土地の一部であり、本件分筆前の土地が、別紙「分筆経過表」のとおり昭和二九年二月三日から同三二年一〇月一二日まで、前後一二回にわたり、漸次分割譲渡され、それによる各分筆の登記がなされその結果残つた元番の土地であること、そして、本件土地のいわゆる公図上の区画表示は、昭和三二年一〇月一二日になされ、その区画表示は、本件出張所備付の公図の写しであることが当事者間に争いのない別紙公図写(その一)のとおりであること、右の公図によると本件土地は同所四〇一番五の土地と同所四〇一番六の土地の間に存在するように登載されていることは、当事者間に争いがない。

三本件出張所において、本件土地が登載されているいわゆる公図は、旧土地台帳法施行細則(昭和二五年七月三一日法務府令第八八号)二条である「一項

登記所には、土地台帳の外に地図を備える。二項 地図は、土地の区画及び地番を明らかにするものでなければならない。」との条文に基づく、旧土地台帳附属地図であることは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉によると、一般的に旧土地台帳の附属地図は、昭和三五年法律一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律により、旧土地台帳法(昭和二二年法律三〇号)が廃止されたため、その法的根拠を失つたものであるが、それにもかかわらず、実務上は、現在もなお、不動産登記法一七条(以下単に法一七条という)所定の地図が整備されるまでの間は、暫定的措置として、便宜従来どおりの取り扱いをするよう指導されているものであり、しかも右の地図は、法一七条の規定による地図ではないので土地の分筆合筆の地図修正等については、誤りの訂正の申出があつたとしても、登記所としてはこれに応ずべきではないとする行政指導が行なわれていることが認められる。

そして、本件土地に関する登記事務の管轄は本件出張所が担当し、本件出張所において現在閲覧に供している附属地図(一般に実務上は右地図のことを公図と略称しているので、以下本件公図又は一般的には「いわゆる公図」という)に、本件土地が登載されており、本件公図上に本件土地として世田谷区赤堤四丁目四〇一番一が登載されている区画は、本件公図上の同所四〇一番五の土地の上に重なつて存在するように登載されていることは当事者間に争いがない。

しかしながら、〈証拠〉によると、本件土地が存在する現場に行くと、現況としては、訴外〓畑フジエ(以下訴外〓畑という)所有の四〇一番五の土地(125.71平方メートル)と訴外田中正(以下訴外田中という)所有の四〇一番六の土地(五一九平方メートル)は互いに隣接しており、右二つの土地の間には本件土地が存在する余地がないかのごとき状態にあることが認められ、右事実からすると、本件公図により、仮に現実の本件土地が公図に登載されているとおりであるとすると、本件土地は、右訴外〓畑と訴外田中の各土地上に重なるか、または、そのいずれかの土地上に存在するものと推定することができる。

四そこで、原告は、本件土地の位置、区画は、本件公図のとおりだとすると現実に右土地を特定することはできないとし、それによつて、本件土地の使用処分ができないこととなり、その原因は被告の本件出張所における登記官の過失に基づくものであると主張するので以下検討する。

(一)  請求の原因第三項(ハ)の(一)の過失について、

(1)  本件土地を含めた本件分筆前の土地について、同番地の区画表示は昭和三二年一〇月一二日になされたが、当時は、土地台帳法および同法施行細則が施行中であり、その後昭和三五年の不動産登記法の改正後においても、同法一七条に規定する地図の整備が完了していない地域における登記所管内の土地については、事実上引き続き、いわゆる公図と称される旧土地台帳法の附属地図が各筆の土地の位置、区画、面積等の概略を明らかにするための公的資料として、現実の不動産取引においても、また土地の分筆等の登記手続においても、一応の権威ある資料として取引社会に機能している事実は、当事者間に争いのない事実である。

そして、本件分筆前の土地については、昭和二九年二月三日から昭和三二年一〇月一二日までの間に別紙「分筆経過表」のとおりそれぞれ分筆が行われたことは当事者間に争いない。

そうすると、当時の本件分筆前の土地の分筆については、旧土地台帳法が適用されていたものであるから、右の各分筆に伴ういわゆる本件公図の修正につき、登記官が、原告主張のような実質的調査義務を負うか否かは、旧土地台帳法一〇条の解釈とその適用の存否によつて決定されるということができる。

(2)  旧土地台帳法(以下台帳法と略称する)によると、一般に土地台帳法に関する登録は、本法制定の趣旨から見ても、登記所の職権によつて行うことを基礎とし、関係者の申告は、登記所に対して台帳登録処分の資料を提供する意義を有するにすぎないと解されている。従つて、土地台帳の登録又はその修正、訂正は、一般的には、登記所の職権調査によつて行なわれるべきものと解することができる。

そして、そのことは、土地台帳法施行細則に「第二条1登記所には、土地台帳の外に、地図を備える。2地図は、土地の区画及び地番を明らかにするものでなければならない。」として土地台帳の附属地図に関する規定があり、同細則三条によると右地図は永久に保存されるべきものとされていることからすると、右地図についての修正、訂正も、一応土地台帳についてのそれと同様に解すべきこととなる。しかしながら、右の地図は土地台帳の附属としての図面であり、現実には、各筆の土地の位置、形状等の概略を推定できるだけの不完全な見取図的なものであり、単に土地台帳の理解に資する機能を持つ図面でしかないということができる。

(3)  ところで、台帳法一〇条は「土地の異動があつた場合においては、地番、地目及び地積は土地所有者の申告により、申告がないとき又は申告を不相当と認めるときは、登記所の調査により、登記所がこれを定める」と規定し、土地の異動について、地籍決定に関する定めをなしている。

そして、更に同法四二条によると登記所の台帳事務処理のための調査上必要とされる土地の検査および利害関係人に対する質問権についての規定がある。

右の各規定によると、台帳法上登記所は、その管轄する地域内の土地について、異動が生じた場合は、一般的に、実地調査の義務があるということができる。そして、台帳法の「第二章土地の異動」の章節の中に、「第二節分筆及び合筆」として、分筆について第二五条から第二九条までの規定がなされていることからすると、いわゆる分筆も土地の異動に該当することは、たしかに原告主張のとおりである。しかしながら、同法一〇条について検討すると、同条により登記所が調査義務を負うべき土地の異動とは、同法第二章に定める土地の異動のすべてではなく、登記所の職権によつて台帳に登録(又はその修正、訂正)することを要する土地の異動に限られると解すべきである。なぜなら、台帳法上、一般的に土地の異動の場合、土地の所有者等が土地の異動について登録申告の義務を負い、同人らの提出した資料が相当であれば、登記所は、これによつて異動のあつた土地の地籍を決定しうるが、「申告がない場合又は申告されてもそれが相当でないと認める」場合には、登記所は職権で当該土地の異動を調査し、その結果に基づいて地籍を決定のうえ職権登録しなければならないと規定されているのである。そうすると、登記所において、職権による登録が認められ、その前提として、登記所に調査の必要性を認むべき場合は、土地の異動のすべてについてではなく、当該土地について、物理的、客観的な変化が生じ、台帳法上公示の機能を害なうような事態に立ち至つた場合において、当該関係者の申告がない場合か、また、土地の異動について申告がなされたがそれが相当でないと認める場合にのみ、登記所としては実地に調査すべき必要性が発生すると解するのが相当である。

(4)  そもそも土地の分筆は、登記簿上の土地の筆数を変更する登記法上の手続概念であり、その手続上の処理とその登記官の処分行為によつて、土地の分割という実体上の土地の筆数とその範囲を変更する効果が生ずるのである。

そこで、そのことを台帳法についてみると、同法二五条から二九条の各規定によると、土地の分筆は、土地台帳上一筆の土地を二筆以上の土地に変更して土地台帳に登録(登録修正)することである。しかも実体法上の土地の分筆は、土地所有権の内容をなす一つの機能の行使であり、それは、当事者たる土地所有者の自由になしうる行為であり、一の権利行使である。

従つて、当事者は、台帳上分筆の処分を受けようとする場合にのみ申告することを要するのであり、当事者において、その処分を受けようとしない限り、事実上土地の区画を変更していても、これを申告することは必要ではないのである。

そうだとすると、土地の分筆という行為は、土地の物理的・客観的変化を内容とするものではなく、単に土地台帳上一筆とされる土地の範囲を変更する行為にすぎないものである。

しかも、そのことは、土地台帳上の問題であつて土地の事実上の形状の変更ではない。従つて、関係当事者による土地の分筆の申告は、一の権利行使として土地台帳上の処分を求める行為であるということができる。そして台帳法二六条によると、土地の分筆は、分筆しようとする土地所有者の申告をまつて行うのが原則であり、ただし、同法二七条に規定する事由がある場合には、関係当事者の申告がなくても、登記所が職権をもつて土地を分筆することを定めているのである。右の事情からすると、分筆に関して職権をもつて土地を分筆することができるのは同法二七条に該当する場合に限つて行うものと解することができ、それ以外は、当然土地所有者の申告に基づきそれが相当と認めたときに登記官が登録処分を行い、その結果分筆の効果が発生するというべきである。それではじめて右の台帳登録は、創設的・形成的な公示の機能を有するものということができる。

そうすると、土地の分筆については、台帳法二七条に定める場合を除き、職権登録の対象とはならず、土地所有者の申告をまつて行うものであり(同法二六条)、その場合、右申告を受けて土地台帳に分筆の登録がされて初めて分筆の効果が生じ、土地の異動があつたことになるのである。従つて、職権登録を要しない土地の分筆については、登記所は、分筆の登録をなすにつき、同法一〇条に基づく実質的調査義務を負わないと解すべきである。

そうすると職権登録を要しない土地の分筆については、登記所は、土地台帳の附属地図の修正・訂正についても、同法一〇条に基づく実質的調査義務を負わないと解すべきである。

(5)  そこで、〈証拠〉によると、本件土地についての分筆は、前認定のとおり、分筆前の土地の所有者であつた訴外神山の依頼により、土地家屋調査士であつた訴外石田錠太郎によつてすべて登録等の申請手続がなされたのであり、これは、台帳法二六条に基づく分筆の申請であつた事実を認めることができる。

そうすると、本件において登記所は、台帳法上の調査の義務はないということができ、従つて、本件分筆に伴う本件公図の修正についても、本件出張所は、同法一〇条に基づく実質的調査義務はなかつたと解するのが相当である。

(6)  そうだとすると、原告が請求の原因第三項(ハ)の(一)において主張する過失は、本件分筆に伴う本件公図の修正につき、登記所が実質的調査義務を負うことを前提とするものであるからその前提を欠き、原告主張の過失はこれを認めることはできない。

(二)  請求の原因第三項(ハ)の(二)の過失について

(1)  本件出張所備え付けの本件公図上は、本件土地が同所四〇一番五と四〇一番六の土地の間に存在するように登載されていることは当事者間に争いがない。

(2)  鑑定の結果及び〈証拠〉によれば、四〇一番五の土地の所有者である訴外〓畑と四〇一番六の土地の所有者である訴外田中の現在の土地占有状況としては、互いの占有土地が隣接しており、その間に本件四〇一番一の土地に該当する空地が存在しないことが認められる。

しかしながら、〈証拠〉によると、本件公図は単なる見取図的な図面であり、そのような図面上の土地の筆界と現実の土地の占有状況とは必らずしも一致するものではないことが認められ、更に〈証拠〉によると、本件分筆前の土地についての分筆の経過は、本件公図(その一、その二)を含めて、別紙(一)および別紙(二)の①ないし⑭の分筆経過表のとおりであること、そして、本件分筆当時の土地占有状況としては、訴外〓畑と訴外田中らが占有していた土地の間に空地があつたと窺われる部分もあることを認めることができ、更に前に認定のとおり本件分筆の申請はいずれも本件分筆前の土地の所有者であつた訴外神山の依頼による同一の申請代理人によつて行われたことが認められる。そうすると、当時の本件分筆については、当時手続上必要とされていた分筆申告書添付図面が存在した筈であり、右の図面と異なる分筆線が本件公図上に誤まつて記入されれば、右申請代理人は容易にその齟齬に気づき是正措置を採つたものと考えられる。そうだとすると、現在の土地占有状況と本件公図上の土地の筆界とが一致していないという事実から、直ちに、本件出張所の登記官が本件分筆の手続をなした際、分筆申告書添付図面の分筆線と異なる不正確な分筆線を誤まつて公図上に記入したと推認することはできない。

(3)  他に原告の主張を認めるに足りる証拠はなく、原告主張の請求の原因第三項(ハ)の(二)の過失を認めることはできない。

(三)  請求の原因第三項(ハ)の(三)の過失について

(1)  原告は、本件土地について、本件公図上の位置、区画、面積と実地のそれとの間に著しい相違が生じたことの原因として、請求の原因第三項(ハ)の(三)の登記官の過失を主張するものであるが、原告の主張する右相違とは、本件土地が本件公図上は四〇一番五と四〇一番六の土地の間に存在するように記載されているのに、実際は四〇一番五と四〇一番六の各土地が隣接しており、その間に本件土地は存在していないというのである。

(2)  土地台帳法施行細則二条、三条には、登記所が土地台帳の外に地図を備付け、その保存が永久である旨規定があり、更に現行不動産登記法一八条、二〇条に同趣旨の規定がなされているが、右規定により登記官に負わされている義務から、直ちに本件についても原告に対して責任を負うべき義務違反があつたとする事実を認めることはできない。まして、原告が主張する、X地に地番を付していなかつたこととか、四〇一番一三の土地について法定の手続によらず地番の抹消移記が行われたこととは当該土地の所有者らが異議をさしはさむならばともかくとして、原告にはなんら関係がない事実というべきである。従つて、X地に地番を付していなかつたこと、四〇一番一三の土地について法定の手続によらず地番の抹消移記が行なわれたとしても、それだけで直ちに原告に対する義務違反となり、登記官の過失があつたと認めることはできない。

(3)  そうすると、原告の主張する右の過失もこれを認めることはできない。

(四)  請求の原因第三項(ハ)の(四)の過失について

(1)  本件出張所に備付け保管されている本件公図の標題部には、現在は、「赤堤四丁目」と記載されていること、昭和四三年三月三一日以前の行政区画としての住居表示は「赤堤町」であり、当時は一、二丁目だけで四丁目はなかつたことは、当事者間に争いがない。

(2)  ところで、〈証拠〉によれば、一般に登記所においては、その保管にかかるいわゆる公図は簡単に作成できるものではなく、行政区画の住居表示の変更があつただけではいわゆる公図の内容までは変わらないことから、住居表示の変更があつた場合には、従来のいわゆる公図に変更後の住居表示に沿つた修正をなすにとどまり、新たないわゆる公図を作成するものではないことが認められる。

従つて、本件出張所に備え付けてあつた本件公図について、行政区画の変更による変更後の住居表示が記載されているからといつて、直ちに右のいわゆる公図である本件公図が住居表示変更後に改製されたものと推認することはできないし、他に、本件出張所備え付けの本件公図が、住居表示変更後に改製されたものと認めるに足りる証拠はない。

(3)  右によれば、本件出張所に住居表示変更前に作成された本件公図が右の措置によつて改製されたものと推認することができ、そうすると、管理保管すべきいわゆる公図は、現段階としては保存されているということができ、それをいわゆる公図が保存されていないことを前提として主張する原告の請求原因第三項(ハ)の(四)の過失の存在の主張は、これもまた認めることはできない。

(五)  請求の原因第三項(ハ)の(五)の過失について

(1)  原告が主張する四〇一番一三の土地の位置、区画の修正が、四〇一番一二の土地の所有者と四〇一番五の土地の所有者において、それぞれの土地から公道に出る通路として使用するため四〇一番一三の土地を購入し、それまで同土地がいわゆる公図上は四〇一番一二の土地と四〇一番九の土地の間にあるとされていたものを、四〇一番一二の土地及び四〇一番五の土地に接続するようにいわゆる公図の修正を申告したことに基づいて行われたとすることは、本件全証拠によるもこれを認めるに足りる証拠はなく、仮に本件土地について、本件公図に誤記があつたとしても、他に、本件出張所の登記官が右誤記を発見する機会があつたと認めるに足りる証拠はない。

(2)  そうすると、本件出張所の登記官に本件公図の誤記の発見、修正義務違反があつたと認めることはできず、原告主張の請求の原因第三項(ハ)の(五)の過失もこれを認めることはできない。

五以上のとおり、本件出張所の登記官に、原告が、請求の原因第三項(ハ)の(一)ないし(五)において主張するような過失があつたと認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当である。

六よつて、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小野寺規夫 中田昭孝 橋本昌純)

別紙(一)、(二)〈省略〉

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